スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ぱんにゃーぱるらーみーたー

私は般若心経が好きである。あのお経としては短い中にでっかい宇宙がちーっちゃくコンパクトに入っているイメージがある。この世界中の一切が滔々と流れていき、終には真理が明かされる爽快感が気に入っている。
 実は、「自分の葬式のときに般若心経を読んでもらうっていうのはどうだろう?」と知り合いのお坊さん(といっても私より若いのだが)に相談してみたら、「そんなことはきいたことがないが、できないだろう。」と言われたことがある。
 ちなみに文字変換するときに「はんにゃしんきょう」と入れても出ず、「はんにゃしんぎょう」と入れると「般若心経」がでるので初めて読みを知った。なんか違和感があるような。まるで新撰組の「近藤勇」がいままで「コンドウイサミ」と読むと思っていたら「コンドウイサム」だったみたいな・・・。自分の読み方の方がスッキリすると思っていても、それは気のせいで、慣れれば「はんにゃしんぎょう」でも違和感がなくなってくる。慣れとは怖い。
 慣れといえば、私が般若心経が好きだと話すと、友達が「これいいよ。」と韓国のエライ(らしい)お坊さんが読んだ般若心経の音声データをくれた。それが題にある「ぱんにゃ~ぱるら~み~た~」とやたらと明るい読経なので、変な感じがしたが、なんだか聞きなれてくると、この明るい読経もいいもんだ、或いはこちらの方が真理を唱っているようで、心地がよくなってきてしまった。今まで日本でうすぐらーーく聞いていたのはなんだったんだろうと思ったものだ。
 それにしても、韓国は儒教の国のイメージがあるのだが、日本と同じく大乗仏教が結構根付いているらしい。韓国といえばキリスト教徒も結構多いようだし、或る意味、日本より宗教に関して開かれているかもしれない。(実情も知らないのに勝手に想像するのもなんだけど。)

 ところで「般若心経」。前出のお坊さんによると「あれはとにもかくにも”空”でしょ?」と言われたが、「えーー?そうなの?私は縁起とか、それ以外のところに結構気が入ったけど。」というと「あれって、縁起とか出てきてたっけ?」と返されたので、むーー、本職のお坊さんに言われては強くはいえないが、でもそれ以外のところも結構あると思うけどなぁ、と。
 例えば、私がいつも使う【触受】という言葉は「故空中無色無受想行識」「無眼耳鼻舌身意、無色声香味触からとって作ってつけているが、「或るものがあるものと出会う」ということ、「そこにあるのは縁起によるものであり、それを受ける方と与える方によって想う結果は千差万別」ということ。(だと勝手に触受の定義をしているのだが。)本を読んだり、映画を見たり、何かに触れる(出会う)時にその中身をどう感じて受け取るか、というのは、その人その人違うし、同じ人でも時期が違えば異なる。だから「今の私としてはこのように感じました。」という枕詞みたいなものだ。

 ちなみに私は玄侑宗久氏の「現代語訳 般若心経」を読んで感を受けた。言葉自体は誰にでもとっつきやすいように語り部形式を取っているが、中身は深い。一度読んでみることをお勧めします。

スポンサーサイト
プロフィール

Jeylynx

Author:Jeylynx
FC2ブログへようこそ!

最近の記事
ANA”旅感”
最近のコメント
月別アーカイブ
最近のトラックバック
カテゴリー
ブログ内検索
RSSフィード
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。