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紛争の種

昔からサービス業につく人は職務上触れてはいけない話題というものがある。

1:政治
2:宗教
3:人種

この3つはいつでも世界中で或いは日常においても争いの種になるからだ。
何かいけないとか、どれがいけない、とかいうことでなくて、どれもそれぞれの主張があるし、人が「生きる」という意味で不可欠且つ深いテーマだからだと思う。

先に「イマジン」でも触れたけれど、これらが無くなれば争いも半減するのかもなどとも考える。
政治という概念、宗教という概念、人種が分かれるのは生き物として仕方が無いけれど、丸顔の人も四角顔の人も、背の高い人もいれば低い人もいると考えれば、もしかして「人種」と分けているのは人間の概念かも知れない。それらを創り出すのが人間の進化とするなら、避けては通れない道であり、自分が何のために生き、そしてどこへ行くのかを考え続けるのが人間ということなのだろう。

昨日、キューバ革命50年の特別番組を見ていた。
政治によって、人々の生活が揺り動かされて、一貫した生活を送れないでいる人たちが映し出させれていた。
自国だけでなく他国の隆盛や崩壊によって、また自国も変わっていく。その中で真に”シアワセな一生を送る”ということは一体どんなことなんだろうかと考えさせられる。
キューバの場合は政治だが、イスラエルなどは宗教(それだけではないけど)だし、チベットでは人種が異なるために争いが起こる。どれも複合して起きているので一概には言えないのだが、大きなうねりに負けずに一生を送る、或いは流されながらも岸に泳ぎ着く人生を送ることは、本当に難しいことだと常々思う。

ところで私のブログにはいつもこの3つが書いてある気がする。今思うとなんて挑戦的なのだと思うけれど、どれも避けては通れないテーマだし、ブログという匿名性から(誰かを傷つけるのでなく)自由に意見ができるということもある。
誰かがわからない誰かの意見を見るときはそこに何の前提も存在しない。だからこそ、共感もできるし異議を言うこともできる。
自分が何者か?ネットの中に或いは本当の私が隠れているかも知れないので、これからもタブーに負けずブログることとします。。
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政治家って2

某国の首相は昨日の国際会議でも漢字を読み間違えたり、或いは英国の首相の名前を間違えたり(さすがにこれは失礼すぎるが)していたらしいが、私としては別に漢字を読めなくても、きっちりと私たちの求める政治をしてくれれば、何を言わなくてもいいんだけど、と思う。
前にも確か言ったけれど「有言不実行」より「無言実行」のほうがずーっとかっこいい。
私の両親だって、普通の人だけれど、言ったことはどんな理由があっても最後まで責任もってするかと思うと、親のほうがずっと尊敬できる。でも親だけでなくても周りにはそんな人が沢山いると思う。

最近寝る前にオバマ大統領の演説を聴きながら寝ている。なんか違うんだよなーー、某国の政治家と。
ちなみにオバマ大統領の演説はそんな難しい単語をこねくり回してしているわけでもないし、西海岸にありがちな「飛んで跳ねてる」ヒップホップのような演説でもない。音を端折ることなく、ネイティブじゃない人でも聞き取れるように演説する。
しかし、ただ「演説がうまい」だけでなく、その人自身の人柄や、行動が「本物」だと信用できるから、みんな感動する。同じことばを某国首相が言っても(いや、最近、同じような内容の演説をしていたが)、心に響いてこない。
アキバで演説した首相をみんなが応援して熱狂したのは「この人なら変えてくれる」という期待があったからだが、その後の行動によって、「この人は期待に応えてくれない」というのが露呈したため、果たして今、あのころと同じ演説をしても多分総スカンだろうと思う。

アメリカは特殊な国だ。移民によって建国された国。人種も出身国も宗教も違う国で、まとまるのにはひとえに政治しかない。だから選挙の一票は命がけだ。今回は、実に多くの、今まで投票できなかった人が投票できた。この一票は「自分もこの国の一員なんだ」という証であると思う。
オバマ大統領のシカゴでの演説は素晴らしかった。アメリカという国が政治によって一つに統一されたということをまざまざと感じることができた。

日本も社会情勢を見ると、そろそろ各自の良識や社会的慣習によって守られてきた時代は残念ながら終焉しようとしているようだ。政治が国を一つにまとめる手腕を発揮しなければならない時代に突入しているのではないだろうか。

政治家って1

地元市議選の結果。。

昨日行われた某K市(って、どこかすぐわかるか^^;)の選挙結果が出た。
もちろん私も「清き一票」を入れに行ったが、今回も自分の投票には不満が残る。
なぜかというと、「なぜこの人」と決めきらないまま投票したからなのだった。
この2週間、ネットでK市市議選立候補者の「マニュフェスト」を探そうとしたが、ああいうのは一覧表などで載っていないのだと、初めて知った次第、大変オソマツ。
前回も当日まで「誰にしようかなーー、、。」と思っていたが、結局政党で決めてしまった。今回こそは個人の活動と政策公約で決めようと思っていたのに、間に合わなかった。

新聞調査でのアンケートに、「あなたはK市をどうしたいか?」とか「今回の選挙に臨んで」みたいなものが載っていて、それには立候補者が回答していたが、どれをみても「だからーーー、具体的に何をしてくれるんだっつーーの!」ということはなーーんにも書いてない。これでは選びようがない。

また今回もいろーーんな人から「○○を応援してください。」という電話やら、はがきやら、いろいろと舞い込んでいたけれど、イマイチ「だからどうするの?」とは答えてくれない。面倒くさいことに、相手が住所や電話番号を知っているということは、たとえば「景気がこれだけ悪化していて、景気対策は具体的にどうするんですか?K市は市政として、車関係の会社の誘致をやっていくと宣言していた矢先でしたよね?計画通りに行かないことは見えてますよね?車関係が落ち込んだときにどのように代替の産業をつくり出すんですか?」とか聞いても、きっと電話口のスタッフの人は答えてくれないだろうし、かえって家人がいじめに合わないか心配なので、尋ねることさえできない。

あぁ、めんどうくさい。いままで「先生」と呼ばれて大きな顔をしていた人がいきなり選挙になって「お願いします」とか言って来る。じゃー、普段からそんな大きな顔しなきゃいいのに。。
しかし、今回某与党現職議員が3名も落選した。それを考えると、少なくとも今の中央政治を是としてないのだなというのもわかるし、義理人情で「清き一票」をくれてあげる人も居ないというわけだ。

世の中は変わっている。その変化を捉えられない人がどうして市民のニーズに応えられるだろうか?
市民はそれほどバカではない。大きな顔をしていないで、もっと政治家なら政治家らしく志をもって普段から政治に携わってほしい。


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