スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

日の出温泉

「人生で必要なことはすべて砂場で学んだ」と言った人がいたが、私自身に置き換えてみると「人生で必要な大部分は風呂場で学んだ」とさえ思う。

先週の日曜日、ずっと気になっていた「日の出温泉」に行った。道中の話も長いが、それは横に置いといて、とにかく「日の出温泉」。

温泉なのだが、ただ、銭湯が「温泉」を使っている、という、いかにも庶民的な近所の憩いの場なのだ。入ると下足場があり、またがらりと戸をあける。すぐ横に懐かしい「番台」があった。男湯と女湯の間仕切りのように、女性が鎮座していた。
脱衣場にはロッカーや脱衣籠があって、サッシのドアを通して向こうに多くの人が湯につかったりしているのが見える。午後4時、風呂屋がオープンして1時間、きっとみんな開くのを待って来たのであろう。

洗い場にはケロヨンの黄色い洗い桶が置いてある。そして、今となっては本当に珍しいことに蛇口が「混合栓(湯と水が混じって一定の温度で出てくるタイプ)」でなく、それぞれが「独立」して、「湯は熱湯」「水は冷水」が出てきて、自分で桶の中で調整するタイプだった。な、懐かしい!!昔はこんな洗い場であった。小学校にあがる前までは家に風呂がなく(?たぶん)風呂屋に連れて行かれていた。男湯と女湯の間に行き来できるドアがあり、その下からせっけんなどを受け取ったりしていたものだ。さすがにそんなドアはなかったが、天井は昔の銭湯なみに低く、そして間仕切りも低い。男湯の声も女湯の声も「あがるよ~」といえばすぐに聞こえるくらいの、心温まる空間。

早速桶に湯を汲む、む、難しい。「加減が大事」というが、何事も本当に加減って難しい。うまくなるには何度も試して、覚えるしかない。少し熱い湯に懐かしさを感じたりして、ノスタルジーに浸る。

身体を流して湯につかる。みんな入ったところで気を使いながら足を伸ばしたりしている。沢山の張り紙には「身体を洗ってから入ってください」と日本語とハングルで書いてある。港が近いので、そういう方々も寒い時期には入って温まるのだろう。中には「湯船の中で体操をしないでください、迷惑な方を見かけたら番台までお知らせください。」とか「長い髪の人はたばねて入ってください。」などと事細かくルールが書いてある。昔は書かなくても守られていたルールはこうやって周知してようやく保たれている。厳しいようだが、そのおかげかここには走る子供もバシャバシャと音をたてて入る人もいない。

ゆったり浸かって身体もほぐれてきたので身体を洗う。今はやりの立ち寄り湯には隣との仕切りがあったりするものだが、当然ここにはそのようなものはない。
隣でご老婦が身体をあがっていた。私も洗っていたのだが、私はついつい沢山ボディシャンプーを使ってしまい、泡が飛び散ってしまったが、他の方はそのように無駄に泡だてたりしておらず、何事も隣にご迷惑がかからないように気を使っていたのを見て、まだまだ配慮が足りないと自省したものだった。

ご婦人はちらと私の方を見ながら洗髪をしている。その向こうで他の人の体を流している人が視界に入る。「髪を流しましょうか。」と言いたい気分であったが、いかんせん、自分も洗髪中であるので、声をかけるタイミングさえ見だせなかった。ここには互助があった。私はまだまだ若造の方で、本当であれば積極的に背中など流してあげるべきなんだろうな、と思いながらも、そんな機会をつくれなかった。

いい気分で風呂からあがり、湯あがりに頭を乾かそうと前の人がドライヤーを掛け終わるのを待っていると「お待たせしてごめんなさい」と、すぐに代わってくれた。私も「これは早く乾かさねば」と7割くらい乾いたところで次の人が待っていたのですぐに代わったら「すみません、ありがとう。」と言葉をかけてくれた。”自分の権利”のように髪を乾かすのでなく、お互いを気遣いながら同じ空間に居ることが心地よかった。きっと昔はこんな「見えない言葉」で会話をしながら、助け合って生活したのだったのだな、と自分の小さなころのことを思い出していた。

「人生で必要なことは風呂場で学んだ」

そう言うことのできる、こういう場所が残っていることがうれしいと感じた日だった。
スポンサーサイト

オウム事件を思う

(1年前に書き記したものを今さらですが、UPします。)

先ほどNHKスペシャルでオウム真理教の一連の事件に関して、ドラマなども織り込んだ特番が組まれていた。実は私はそれらを全て観たわけではないが、観た部分部分で感じたことを書いてみたい。

オウム真理教がなぜ地下鉄サリン事件を起こしたか、などの明確な動機は麻原が語っていないのでわからないと言われてきた。それを、彼が語った説法や会話800本のテープから紐解かれていたが、今聞いてもあのテープは生々しい。その場に引き込まれて、自分も犯罪者にされてしまうのではないか、という恐怖を感じる。

麻原という人は、盲学校の同級生の一人に言わせると、自分より強いものに対してはうまく取り入り、弱いものに対しては徹底的に支配していたとのことだった。また宗教を始めたのも、知人から「弱いものを魚のように釣ればいい」と教えてもらったからというような、宗教をただ、自分の欲望を満たすための手段としか考えていなかった様子が伺える。

弱いもの・・・オウム真理教に入信した人はみんな弱かったというのだろうか。私は、彼らは「弱い」というより、「ただ真面目であった」と言ったほうがよいのかも知れないと思う。人は弱い、確かに弱い。悩み、苦しみ、自分の責任ややるべきこと、そんなものから逃れたいと思うのは、弱さより、真面目さなのではないだろうか、と思う。生きることに不真面目であれば悩みなんかない、仕事だって、勉強だって放り出しても構わない、ただ、面白く、楽しく生きれればよいと思うのであれば、救われたい一心で宗教なんか求めたりしない。

その真面目な人たちは、「修行」を通して、「自分が昇華する」「救われる」「道を見つけられる」と信じていたと思う。なぜか。なぜなら修行は「辛い」ものであったからだ。自分の欲望を、悩みを滅するために、身体を痛めつけたり、心を痛めつけたりしていたから。こんなに辛いことを真面目に自分はやっているのだから、という思い込みが、彼らを「自分たちは正しい」と思い込ませたはずだと思う。

もし、これが「楽しい」「愉快だ」という中に身を投じていたら、「いつかばちが当たるかもしれない」などと、後ろめたい気分になって、「何か悪いことがあっても仕方がない」という気持ちになるのだろうけれど、そうでない、真面目に何かに取り組んでいれば、いつかこの苦労は報われると思っていたことは想像するに難くない。

心が傷つき、悩んでいる人に漬け込む悪人は後を絶たない。「ツボを買いなさい」とか「前世の行い」だとかいう不届きな輩は、そういう時に商売になるとわかっているのだ。

だから私はオウムの信者たちも被害者なんだろうと思う。人を傷つけ、殺め、それを悩み、でもこんなに辛いのだから、いつかこの正義も成就されるにちがいないと。そして、現実を見るとただの殺人者として裁かれる。自分はなんだったのだろう、神様仏様は居ないのか、この世に大きな慟哭を残すに違いない。

人は「よい行いをしていれば必ず幸せになれる」とは限らない。また「悪いことをしている人が必ず地獄に落ちる」とも言えない。とても理不尽なもので、これで「道徳」を真面目に守っているものからすると、「そんなはずはない」と否定するだろう。

お釈迦様も言われているが全てが「縁起」であって、そのときに起きる現象が起きるだけのことで、起きない現象が起きないだけなのだろう。

だから、「私は正しい行いをしている、だから私はきっと報われる」という考えにすがるのは危険だと思う。そんな風に単純にはこの世界はできていないのだ。ただ、一つだけ私が朧げに想像することは「死んだ後はなんにもない」ということ。幸せも苦しみも痛みも全て、「死んでしまえばなんにもない。」ということ。地獄にも落ちないし、天国にも行かない。苦しくもないし、ただ、生の余韻が残っているのではないかと想像する。命の境目は誰にもわからないものだから。
だからといって、自分が喪失してしまうような、無味乾燥な生き方は割り切ってできるものではない。生きているうちは、「死んだら極楽に行ける」「救われる」と思って、少しでも幸福な人生を送りたいものだと思う。

残された人、自分を思ってくれた人、そういう人々の記憶の中に残り、永遠に幸せに生きて行きたいと望むなら、もっと周りの人を大切にして、そして、自分のこともいじめないで大事に生きていこうとしてほしい。

心の救済は修行をしなくても、自分のまわりに沢山転がっている。気がつけばアスファルトのほんの隙間にだって、小さな野の花が咲いている。昨日もそこにあったのにその存在に気がつかず、今日、それに気がついたということだけで。
プロフィール

Jeylynx

Author:Jeylynx
FC2ブログへようこそ!

最近の記事
ANA”旅感”
最近のコメント
月別アーカイブ
最近のトラックバック
カテゴリー
ブログ内検索
RSSフィード
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。