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【触受】「生物と無生物のあいだ」

親愛なる福岡伸一様。

出会いにはタイミングがあり、どんなによいと思われるものも、あるいはどんなに最悪なものも、その対象が受け入れられる状態ならそのように物事は動いていくものですね。

実を言うと、あなたの本は私の枕元にもう数週間もそのままに置かれていました。そして就寝のつかの間、私はそれを手にとっては読み進まずにまた閉じてしまい、眠りにつく日々でした。
通常、そのような本は私を素通りして、行ってしまうものなのですが、今日、それを私が一気に完読してしまったのは、私にあなたの本を受け入れる心が準備されていたからなのでしょう。

「生物とは?」
この大きな問いに挑んでいった多くの科学者たちの足跡を、あなたの眼を透してみると、私たちはまるで自分が探検者になったように科学の世界へ入ることができます。人が生命の謎を解くために一生をささげ、そしてその鍵をまた誰かが受け取って、次の扉を開いていく、それは生命とともに「自分が何者であるのか」を探す旅でもあるようです。

生物の進化は大きな時間でしか見ることはできないけれど、日々の生命が生きている様子は進化というものが留まることなくなく、刻一刻と私たちの体内でも起こっているのをあなたの言葉で感じることができます。
私たちが生きているということは、私たちは変わり続けているという証なのですね。それこそが命の意味であるというのは納得できる気がします。
私も「生きるということはどういうことだろうか。」とずっと考えていた時期があったのです。
数理系の学力のない私が自分の経験から考えた答えは
「生きるということは、命をつないでいくこと。」
ということでした。究極、そのように思ったのです。ゾウリムシだって、分かれて増やしたり、増えすぎると減らしたり。でも、次の世代にベストな状態で命をつないでいくという答えは案外悪くないのでは、と思いました。

数理を勉強しなかったことをとても惜しいと思ったのは、あなたの本を読んで初めてでした。それはもっと私に知識があれば、さらに「命をつないでいく源」を探るたびをあなたと同じようにもっとリアリティを持って感じることができたのではないかと残念に思うからです。

あなたの言葉は、生命の不思議を科学の眼で私たちに語りかけながら複線を並列して走る列車のようにまたあなたのバイオグラフィを見せてくれます。あなたがポスドクとして過ごしたNYの日々、ボストンの日々、そして出会い。それは人との出会いだけでなく、あなたの過ごした日々を包括するすべてのものとの出会い。何より大切なのは今のあなたを支えて、あなたを進ませてきたものは変わらないあなたの「生物への愛情」だということがよくわかります。
その感覚は、生き物に実際に触れて、過ごした少年の日々の体現であるのでしょう。
章の中で、あなたと時間を過ごしながら、私もまた自分の経験を重ね合わせて深く思い入れていきました。ミルクのように深い白で美しい羽化したばかりのセミの羽の色、川の中でまだ幼虫であるのに全体が緑がかって光る幻想的な蛍。触れたものしかわからない、あの命との出会い。
この本はきっとあなたがもっとも書きたかった一冊であるに違いありません。
私にとってあなたの著書との初めての出会いでしたが、あなたを知るに十分な一冊でした。

そして私はまだこの本をとおしてあなたの感覚をもっと感じていたい。

恋に近いこの告白は、私のあなたに対する最大の賛辞です。

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