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オタクとネットは地球を救う?

元自衛隊幕僚長が自分の立場を省みずに私見を発表、発言したことによって、「日本は危ない国」だとか「自衛隊はクーデターを起こすかもしれない」などという物騒な話がでてきている矢先、厚生労働省のOBが襲われるという事件が起こった。
田原総一郎氏は「今の世の中は昭和の初めに似ている、世の中が不景気で、政治が腐敗して業界との癒着などが問題になっていて、政治への不信感から5.15事件や2.26事件が起きて、日本が軍事政権に掌握されていった。」と推察していた。なるほどね、似ているといえば似ている。

元々自衛隊トップがあのように考えるのは別にあの人だけの話じゃない。政治家の中にだって、自分の侵した過去をマッサツして日本を美国のように言っている人はいくらもいる。これはもう教育の問題なんだと思う。彼らの中には昭和が染み付いていて、新しい時代の価値観が受け入れられないのだ。内省するのは決して悪いことでないし、自分の中の悪や罪を認めないと、次には進めない。理屈をこねくりまわして「他の国はどうなんだ」と言い立てるのはどうかと思う。

確かに自衛隊の中にはいつも「自分たちは軍隊ではない」という劣等感があるし、それは「自衛隊」という矛盾した立場から来るストレスなんだと思う。
例えば、自衛隊は他国からの攻撃に反撃するのもかなりの神経を使っている。中国の原子力潜水艦が領海内に進入したからといって、おいそれと攻撃できるものでもないし、ロシアの戦闘機が領空内に飛んできたからといってスクランブル発信して警告をすることはできても威嚇射撃できるわけではない。顔が見えるギリギリのところまで接近したとしても、攻撃は許されていないのだ。
イラクの派遣だって、大変もめたものだった。他国に行って救援活動をするといっても、自分たちがテロに遭遇したときに、果たしてどこまで応戦してよいものか、結局それが許されていないから、他国の軍隊に守ってもらって活動を行うという、キミョウキテレツな構図になってしまった。
こんな状態で果たして自分の国が守れるだろうか?というジレンマに陥ってもおかしくない。いくら訓練して実績を積んだとしても、それはあくまで「訓練」であって、「実戦」ではないのだ。実戦では人が死ぬ。人が死ぬというより、人が死ななければ自分が死ぬ。一度きりでやり直しはない。そんな命のやりとりを日常的にしている軍人と、したことがない自衛官が相対するのは子供と大人ほどの精神的負担の違いがあると思う。(かといって、日本の自衛隊が優秀でないということや勤勉でないということにはならない。むしろどこより潔癖に軍人であろうとしているということは言えるだろう。)

話はそれてしまったけれど、なぜ「日本人」を尊び、「他国人」を卑しむのか?自分は日本人なので、日本人の誇りは持つべきで、誇れるようでありたいとは思うけれど、他国の人を卑下する必要は全くないと思う。また、それと同様に、今の世の中でその存在に価値が無いと決め付けられている人たちだって、そんな風に決め付けられる要素はないと思う。昨日もてはやされた人が、今日は非難を受けるといったことだって、いくらでもあるからだ。

先日、TV番組であるオタク集団の人たちの活動を特集していた。老若男女、自分の好きな声優さんの振り付けをして、舞台で踊るというのを観た人もいるかもしれないが、私はそこで「人はどういっても、自分はこれがやりたい。」ということを貫ける土壌ができてきたのだな、と思った。
昭和の時代に蔓延していたモラルハラスメントは今や一部剥げ落ちていこうとしているのだと感じた。そこで大切なのは「人の価値観を認める」という行為だ。別に自分が同調してそれについていこうとしなくても、「あなたはそんな人なのね、あなたはそんなライフスタイルなのね。」と許容する、ということだ。人に迷惑をかけるのであれば別だが、いろんな価値観の人が許容される世界、というのはインターナショナルだなと思う。別に外国人でなくても、昭和に大人だった私たちの親とその上の世代と、昭和に育ち、平成で社会に出て行った私たちとは価値観がかなり違う。さらに平成で生まれた私たちの子供世代となると、さらに宇宙人的に同じ日本人といっても異なるのだ。そういえば私たちが大人になったころは「新人類」などと言われていたので、こんな世の中の出現の予兆もあったのかも知れない。まだまだ「オタク」に明るい市民権を与えられていない時代にも、私の周りにはいわゆる「マニア」と言われる、小さい世界の小さな出来事にまでこだわって、小さく集まっては楽しく時間を過ごすオタク集団の種はあった。

ネット世界も、オタクとの共通点が沢山ある。ものすごくディープにweb世界に住んでいる人でなくても、私たちの周りにはネット住人が沢山いるし、そこではリアルワールドと異なる価値観が存在する。そしてそれはオタクのように現実世界でも、或いは部分的にはそれ以上にも価値観が認められるようになってきている。

私はオタクとネットは「そこではただ目的が共通なだけで集まる集団があり、共通言語さえあれば(それは例えばプログラムのような会話も存在するとして)国籍も性別も年齢も関係ない平等さがある」と思う。これはすごいことなんだなと思う。人が過去長くにわたって越えてこれなかったハードルを越える世界が存在するのだから。

ネットでもオタクでも、弊害はあると思うけれど、そこには世界が「人を肌の色でなくその資質で評価する時代」のさきがけになる一つの答えだとは思う。
「肌の色でなく資質」というのはキング牧師の言葉だが、その言葉通りのことが起きた「アメリカ」を見ると、日本にもそんな許容できる世界が早く来ないかなと切に思う。

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