「全盲の・・・」って、書くな!

ちょっと乱暴なタイトルから始めてしまいました。

ピアニスト辻井伸行さんの記事が沢山出ていますが、なんだか自分としては書いているひとが「目が見えないのに」ということを強調して書いている気がして、とてもイヤな気分になります。
私は彼のことをよく知っているわけではありません。でも、このマスコミの騒ぎ方、イヤだな、、と感じます。まずは、「由緒あるピアノコンクールで優勝したすばらしいピアニストが居ます」というのが本当じゃないかと思います。

今のマスコミは、ちょっとヘン。どの記事を取り上げるにしても、まるで旧世代の人が書いているかのようで、時代から取り残されている気がします。それにみんなひきずられていては、いつまでも個人の価値観が尊重される日は来ないと思います。

ちょっとずれました。何を言いたいかといいますと、、「人の幸せ」についてです。

私が好きなバイオリニストに「川畠成道氏」がいます。彼の演奏を聴くと、とても切ない、そしてなんとも幸福な気分になります。特に「アリア」を日の沈む夕べなどに聴くと、全てを忘れて涙が出そうなくらい懐かしい気分になります。
彼は目が見えません。しかし「目が見えない」ということは、私が演奏を聴くときに、何の関係もありません。辻井さんの演奏もそうですが、聴衆が感動するのは、彼らの奏でる音で、その音は彼らの魂の音色だと思います。
音楽に純粋に身をささげて、ただ一心に魂の音を奏でる、だから感動するのだと思います。こんなシアワセな人たちが一体この星の数ほどいる世界でどのくらいいるのだろう・・・、そう考えると、人が幸せであるということは、どこかからだの一部が損なわれているからということは少しも理由にならないことと思います。

この世の中、自分のやりたいことさえ見出せず、幸せの一瞬を感じることもできず、人を愛することもできず、憎むことしかできず、生きていることを実感できず・・・そんなあまたの人がいる。

私は、人として一番哀しいことは「精神が病んでいる」ことだと思います。そんな状態にある人こそ、本当はかわいそうだと思います。でも、それは四肢の障害のように、表面からは見えません。だから行きかう人にその本質は見えません。人は目にみえないことはなかなか重要視できないのではないかと思います。

見えないことを見えるようにとは言いませんが、表面に見えるものだけを追うことは本質を理解しないのではないか、と常々思っていることを書きました。

最後に・・辻井さん、おめでとう(知ってる人でもないのに友達ライクですみません)。人を沢山幸せな気持ちにしてくれるあなたって、スゴイです。ご自分も幸せかもしれませんが、それで人をも幸せにできるって、人として本当に尊敬します。。。

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