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めぐる・オルゴールのものがたり。

今日、地元の百貨店にお茶の道具を買いに行ったら、隣でオルゴール展をやっていたのでふと気になって入ってみた。装飾のほどこされた木箱のようなものから、色付けされた陶器製のもの、まるで蓄音機のような大きなオルゴール。私が訪れたときには、ちょうどその大きなオルゴールが動いていた。一人の年配のご婦人が係りの人から説明を受けながら聴いていたので、私もちょっと傍に寄ってみた。
その大きなオルゴールには、湾曲していて沢山の小さな軌跡のような縦長の穴が開いているディスクがのっていて、回転しながら音を奏でている。私をみて、係りの男性が「換えることができるんですよ、50枚くらいはあります。」といいながら、"In the mood"をかけてくれた。
その後、「外観もすばらしいけれど、これはすばらしい音がするんですよ。」と、別のターコイズブルーのオルゴールをかけてくれた。パッヘルベルのカノンだった。軸が回転しながら澄んだ音色を奏でる。曲が長いわりには回転するドラムは小さい気がした。よく見ると、123と書かれた板に時計のような針がついている。「はは~、これは、ドラムの軸を少しずつずらして譜面を変えているんですね。」というと、店員の人は嬉しそうに「よくわかりましたね、仕組みがわかっている人でないと、気がつかないものなんですが。」と言った。「そうなんですよ、それで、3まで行くと、また1に戻るんですよ。でも、それにしてもいい音色でしょ?癒されたいと思ったら戻ってきて買ってくださいね。」
あったらすばらしく癒されるだろうとは思ったが、とても私の手に入るような価格ではなかった。

でも、あったとして・・・あったとして・・・機械に命を取られないだろうか?

なぜそう思うかというと、最近マイケル・カニンガムというアメリカの作家の「星々の生まれるところ」という本を読んだからなのだ。3部作からなるこの本は、時代を違えて同じ語源の名前をもつ、同じ年代の人物が登場する。その第1部の中で「ルーク」という男の子は「機械に命があって人間を捉えようとするチャンスをうかがっているんだ。」と知るのだ。ロボットのような人間に近い形のものでなくて、工場にあるプレス機やミシンや、そんなものさえ人間を捕まえて命を吸い取ろうとしている。みんな命を失っていく。そんなルークの家にあるのは、代々命を吸い取ると言われてきたオルゴールだったのだ。

そして、この星々の生まれるところにちりばめられているホイットマンの詩が知りたくて、今度はホイットマンの「草の葉」を読んでいるところだ。ホイットマンは自身が書いた詩はすべて版を重ねるたびに「草の葉」一冊に収めていった。"Leaves of Grass"の訳で「草の葉」なんだろうけど、英語のニュアンスは少し違う気がする。日本語で「草の葉」というとその辺りの幅広の雑草の一枚を想像しそうだが、どうも"Grass"は、イネや芝生などの細長い植物を指すようだし、"Leaves"と複数形にしているところは、日本語のようにその一枚をクローズアップしたのでなく、多数の植物を連想させる。ホイットマンは1855年から92年までの37年間の細かな詩たちを1冊にした。それはまさしく一つずつは雑草のような小さなものかも知れないが、まとまって見渡すと、そこに草原が現われ、全体は調和して大きな意味をなす。そう、ホイットマンは伝えたかったのかな。

それにしても本でつながって、日常がつながって、そしてまた本に還っていく。まるでこれこそオルゴールのようだ。いつか私もオルゴールから出られなくなってしまうかも・・。

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