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日の出温泉

「人生で必要なことはすべて砂場で学んだ」と言った人がいたが、私自身に置き換えてみると「人生で必要な大部分は風呂場で学んだ」とさえ思う。

先週の日曜日、ずっと気になっていた「日の出温泉」に行った。道中の話も長いが、それは横に置いといて、とにかく「日の出温泉」。

温泉なのだが、ただ、銭湯が「温泉」を使っている、という、いかにも庶民的な近所の憩いの場なのだ。入ると下足場があり、またがらりと戸をあける。すぐ横に懐かしい「番台」があった。男湯と女湯の間仕切りのように、女性が鎮座していた。
脱衣場にはロッカーや脱衣籠があって、サッシのドアを通して向こうに多くの人が湯につかったりしているのが見える。午後4時、風呂屋がオープンして1時間、きっとみんな開くのを待って来たのであろう。

洗い場にはケロヨンの黄色い洗い桶が置いてある。そして、今となっては本当に珍しいことに蛇口が「混合栓(湯と水が混じって一定の温度で出てくるタイプ)」でなく、それぞれが「独立」して、「湯は熱湯」「水は冷水」が出てきて、自分で桶の中で調整するタイプだった。な、懐かしい!!昔はこんな洗い場であった。小学校にあがる前までは家に風呂がなく(?たぶん)風呂屋に連れて行かれていた。男湯と女湯の間に行き来できるドアがあり、その下からせっけんなどを受け取ったりしていたものだ。さすがにそんなドアはなかったが、天井は昔の銭湯なみに低く、そして間仕切りも低い。男湯の声も女湯の声も「あがるよ~」といえばすぐに聞こえるくらいの、心温まる空間。

早速桶に湯を汲む、む、難しい。「加減が大事」というが、何事も本当に加減って難しい。うまくなるには何度も試して、覚えるしかない。少し熱い湯に懐かしさを感じたりして、ノスタルジーに浸る。

身体を流して湯につかる。みんな入ったところで気を使いながら足を伸ばしたりしている。沢山の張り紙には「身体を洗ってから入ってください」と日本語とハングルで書いてある。港が近いので、そういう方々も寒い時期には入って温まるのだろう。中には「湯船の中で体操をしないでください、迷惑な方を見かけたら番台までお知らせください。」とか「長い髪の人はたばねて入ってください。」などと事細かくルールが書いてある。昔は書かなくても守られていたルールはこうやって周知してようやく保たれている。厳しいようだが、そのおかげかここには走る子供もバシャバシャと音をたてて入る人もいない。

ゆったり浸かって身体もほぐれてきたので身体を洗う。今はやりの立ち寄り湯には隣との仕切りがあったりするものだが、当然ここにはそのようなものはない。
隣でご老婦が身体をあがっていた。私も洗っていたのだが、私はついつい沢山ボディシャンプーを使ってしまい、泡が飛び散ってしまったが、他の方はそのように無駄に泡だてたりしておらず、何事も隣にご迷惑がかからないように気を使っていたのを見て、まだまだ配慮が足りないと自省したものだった。

ご婦人はちらと私の方を見ながら洗髪をしている。その向こうで他の人の体を流している人が視界に入る。「髪を流しましょうか。」と言いたい気分であったが、いかんせん、自分も洗髪中であるので、声をかけるタイミングさえ見だせなかった。ここには互助があった。私はまだまだ若造の方で、本当であれば積極的に背中など流してあげるべきなんだろうな、と思いながらも、そんな機会をつくれなかった。

いい気分で風呂からあがり、湯あがりに頭を乾かそうと前の人がドライヤーを掛け終わるのを待っていると「お待たせしてごめんなさい」と、すぐに代わってくれた。私も「これは早く乾かさねば」と7割くらい乾いたところで次の人が待っていたのですぐに代わったら「すみません、ありがとう。」と言葉をかけてくれた。”自分の権利”のように髪を乾かすのでなく、お互いを気遣いながら同じ空間に居ることが心地よかった。きっと昔はこんな「見えない言葉」で会話をしながら、助け合って生活したのだったのだな、と自分の小さなころのことを思い出していた。

「人生で必要なことは風呂場で学んだ」

そう言うことのできる、こういう場所が残っていることがうれしいと感じた日だった。

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