JFKのラブレター

A Scandalous Love Letter From JFK to His Mistress Has Been Unearthed
「JFKから愛人へ宛てたスキャンダラスな恋文が発見される」

これはアメリカのwebから持ってきたものですけど、日本語でもかなり出回ってましたね。
以下

JFKのラブレター落札 愛人あて?「会いに来て」女性は殺害され真相不明(2016年6月25日産経新聞・・だけど元記事は共同通信で各社の文面全く同じの手抜き。。)

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1963年11月に暗殺されたジョン・F・ケネディ元米大統領が、愛人とされる女性に「会いに来て」などと書いたラブレターが24日までに競売に掛けられ、約8万9000ドル(約910万円)で落札された。米東部ボストンの競売会社「RRオークション」が発表した。

 発表によると、手紙はケネディ氏が暗殺される約1カ月前、メアリー・ピンショー・マイヤーさんに宛てて書かれたもので、実際に投函はされず、秘書が保管していた。

 ホワイトハウスの便箋4枚に「たまには私に会いに来てくれないか。愚かで筋の通らないことだとは分かっている」などと記されていた。

 中央情報局(CIA)職員と一時結婚していたマイヤーさんは64年に殺害されたが、事件の真相は解明されていない。

 同社は、筆跡鑑定で本物だと確認し、ケネディ氏が生前に書いた最後の直筆の手紙の一通だと説明している。(共同)

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まー、要約って、つまらないですねぇ。もちょっと血の通った文にはならないんですかね?
ちょっと、せめて、ラブレターの中身をもう少し詳しく知りたいもんですよ。
それにこのメアリーって人、ダレなんだ?って。

=======以下、英文ウェブから(と勝手に自己流意訳・・・ちょっと変更しました。)===

The letter was written around October 1963 and has the tops of White House stationery clipped off by his secretary, Evelyn Lincoln, but you can see the presidential watermarks when you put the papers under a bright light. The note reads in full:

この手紙は1963年の10月ごろに書かれたもので秘書のエブリン・リンカーンによってホワイトハウスの便箋から外されて保管されていた。根拠としては大統領の透かしが便箋に入っていて透かして見れば確認できる。全文を下記に写す。

"Why don't you leave suburbia for once—come and see me—either here—or at the Cape next week or in Boston the 19th. I know it is unwise, irrational, and that you may hate it—on the other hand you may not—and I will love it. You say that it is good for me not to get what I want. After all of these years—you should give me a more loving answer than that. Why don't you just say yes."

「郊外を離れ、一度僕に逢いに来てくれないかい。来週、ここで、または来週にあの岬ででも、あるいは19日にボストンで。わかってるよ、賢くない、理性のないことだって。君は嫌がるかもしれない、でも、たとえそうだとしてもそうでなかったとしても、僕がそうしてほしいと心から願ってる。君は言うだろう、僕の試みが上手くいかない方が僕のためだって。結局そんなことなんかより君が僕に愛ある答えをしてくれたほうがいいんだ。どうか、イエスと言ってくれ。」


According to RR Auction, President Kennedy was indeed in Boston on October 19, for a Democratic Party fundraiser. He was assassinated the following month, which means this letter was one of the last he ever wrote. But the letter was never sent, and it's unclear why; it was kept by Lincoln instead.

RRオークションによるとケネディ大統領は実際に民主党の支援者のパーティに10月19日に行っている。続く11月に彼は暗殺されているので、この手紙は彼が書いた最後の手紙の一つということになる。しかしなぜこれが秘書のリンカーンによって保管されていたのかということは謎のままだ。

Meyer first met Kennedy when he was in high school, and got back in touch when he and Jackie moved near her and her CIA-agent husband in 1954. She became friends with Jackie, but visited the White House all the time when she was out of town. Mysteriously, Meyer was murdered a year after President Kennedy's assassination, and the case is still unsolved to this day.

愛人のマイヤーはケネディがハイスクールの学生の時に出会っている。そしてJFK夫妻が彼女と彼女の夫であるCIAエージェントの近くに引っ越してきた1954年に追って連絡をしている。
彼女はJFKの妻であるジャックリーヌと交友を持ち、彼女が街を出たときにはいつでもホワイトハウスを訪れている。不可思議な事にマイヤーもまたケネディ暗殺後に殺されており事件は今日も解決していない。

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A memorial to Mary Pinchot Meyer, who was murdered in 1964.
meyer.jpg

メアリーの夫はコード・マイヤージュニアという人だったが、彼はナチともつながりがあったと言われているらしい。

コード・マイヤーとナチスの移民
http://satehate.exblog.jp/8891857/

そして・・メアリーが殺された場所はよくJFKと一緒に散歩してた道だったというから、計画的としか思えないよね。
こっち方面に行くともう泥沼に入ってしまうので調べませんが、何はともあれこんなに情熱的な文章が書けるのだから少なくともいろんなしがらみだけでなくきっとほんとうに好きだったんだろうなと思います。

アメリカ大統領だったJFK、若さも、権力も、全て持っている人でさえ恋人に書く手紙はこんなにも情熱的でありながら、そこはかとなく謙虚な手紙だったわけで・・・世の男性方もきちんと口説くときにはこのくらいの可愛げを持ってほしいものです(笑)

(言いたかったのはソコw)

JFK 1

ホテルカリフォルニアの思い出

中学生の頃かな。

イーグルスのホテルカリフォルニアが手に入れたばかりの小型ラジオから流れてきたのは。
確か学研かなにかのおまけの小型ラジオだった。うれしくて毎晩聴きながら寝てた。

そういうわけで私が初めて買ったSPレコードはホテルカリフォルニアだったと思う。

胸が苦しくなるようなサウンド。洋楽で感動したのはそれが初めてだった。
歌詞の意味なんてわからない。砂漠がなんとかって言ってる。ホテルカリフォルニアがどうやら
いいところだって。なんだか物悲しいメロディーに変わって、もしかしてこれが青春なんだろうか?
(当時はそんな言葉は思わず、たぶんフィーリングでそう感じたんだと思うけど。)

ふとしたことでまたこの曲を聴くことになった。 そしてその歌詞の意味が前より少し理解できた。
でもつながらないところをネットで裏事情みたいなのを補足して、なんとなく全体が見えてきたので
日本語でもなるべく不自然じゃないようにかなり手を入れて訳してみた。(間違ってたらごめんなさいよ。)

たぶん・・・・これは回顧しながらの詩じゃないだろうかと思った。
だから歌詞にないセンテンスも付け足している。 

箸にも棒にもかからずどうしても理解できないのが "face"の使い方。face は「顔」だけでなく「正面」とかそういう名詞の意味だけど、
動詞だと「向かい合う」とか「直面する」とかいう意味だけど、ここではどう考えても名詞として使っている。。
だからわからない。 これが何かのスラングなら教えていただきたいくらい・・。
だからそこは本当にテキトオに書いてしまった(^_^;)

青春のひととき、もしあなたが堕落という罠に落ちたら
・・・それは一生見えない檻の中に居るということのかもしれない。

========


(昔話をしようか・・・)

On a dark desert highway,
暗くなってきた高速道路で

Cool wind in my hair,
涼しい風がオレの髪をすりぬける

Warm smell of “colitas”
麻薬植物の蕾 コリタスのむせかえるような匂いが

Rising up through the air,
空気中に立ち上ってくる

Up ahead in the distance
ちょうど前方のその先に

I saw a shimmering light,
微かな光が視界に入る

My head grew heavy and my sight grew dim,
コリタスの香りに 頭も重くなってきたし眼もかすんできたので

I had to stop for the night.
オレはどこかで夜を過ごさなくてはならなかった

There she stood in the doorway,
オンナが一人ドアのそばに立っている

I heard the mission bell
そしてオレは礼拝の鐘の音を聴いた

And I was thinkin’ to myself :
ちょっと心の中で思ったのは

“This could be heaven and this could be hell”
ここが天国じゃなければ地獄じゃないのかってこと

Then she lit up a candle,
オンナはキャンドルをかかげて

And she showed me the way,
オレに行く手を見せた

There were voices down the corridor,
ヒソヒソと囁くような声が階下でして

I thought I heard them say
オレはヤツらが言ってることがこう聞こえた気がした

Welcome to the Hotel California,
ようこそホテルカリフォルニアへ

Such a lovely place,
ここは素晴らしい場所なんだ

(Such a lovely place)
本当に素敵さ

Such a lovely face
なんて愛くるしい

Plenty of room at the Hotel California,
ここには部屋が沢山あって

Any time of year,
そうさどんな時でも

(Any time of year)
いつも部屋は用意されてる


You can find it here
キミはいつでも来れるさ

Her mind is Tiffany-twisted,
オンナはティファニーのような 光る個性的な考えの持ち主で

She got the Mercedes Bends,
高級なメルセデスのようなしなやかさを備え

She got a lot of pretty, pretty boys
たくさんの若くて美しい男たちを従えていた

she calls friends
オンナはそいつらを友だちと呼んでいたけどね


How they dance in the courtyard,
中庭でどんなふうにヤツらが踊っていたかって

Sweet summer sweat
べたつくような暑い夏の夜に

Some dance to remember,
ある者は何かを思い出すように

Some dance to forget
ある者は何かを忘れ去るように


So I called up the Captain
オレは給仕長を呼んで

“Please bring me my wine”
オレにワインをくれないかと頼む

He said, “We haven’t had that spirit here
彼は言ったね「ここにはスピリットがないんですよ

Since nineteen sixty-nine”
1969年からあとのは」


And still those voices are calling from far away,
今でも遠くで呼んでる声がするけど

Wake you up in the middle of the night
真夜中にお前を起こしに来て

Just to hear them say:
ちょうどこう言ってるように聞こえるだろうよ

Welcome to the Hotel California,
ようこそホテルカリフォルニアへ

Such a lovely place,
素晴らしい場所でしょ

(Such a lovely place)
ほんとうに素敵

Such a lovely face
なんて素敵なめぐりあわせ

They’re livin’ it up at the Hotel California,
彼らは一生をここで過ごすんだよ

What a nice surprise,
なんていううれしい驚き

(What a nice surprise)
ほんとうに素敵な

Bring your alibis
だからキミも不在証明を持って来て私達に加わりなよ


Mirrors on the ceiling,
天井にかかる鏡と

The pink champagne on ice, and she said:
氷で冷えた高級なロゼシャンパン前に オンナは言う

“We are all just prisoners here,
「私達はみんなここでは囚われの身なのよ

Of our own device”
それも自分で作り上げた檻の中のね」

And in the master’s chambers
そして主賓室のなかで

They gathered for the feast,
ヤツらは晩餐を求めて寄り集まった

They stabbed it with their steely knives,
尖ったナイフの先で贄を突き刺したけど

But they just can’t kill the beast
ヤツらは生贄を殺すことができなかったんだ!


Last thing I remember, I was running for the door,
ヤバイと感じてドアに駈け出しながらオレが思い出す唯一の事と言ったら

I had to find the passage back to the place I was before,
元居た場所への小径を見つけなきゃということだけ

“Relax,” said the night man, “We are programmed to receive,
「落ち着け」と夜警が言う 「ここではキミも私もそうするようになってるんだ つまり

You can check out anytime you like… but you can never leave”
キミはいつでも人生を離脱できるけどね ここを二度とは離れられないんだよ」


(なんてこった!!)

取り残された記事・想い。

旅日記終了。

名称未設定 2


今年に入ってから私が受け取ったメール。
ほとんど利用者がいなかったのか、あるいは収益とならなかったのか?
面倒だったのでブログに統一したかったのかも?

でもですね、これは私のとって大きな出来事でした。

ある人の旅日記が見れなくなるということですから。

何度かコメントのやりとりをさせていただいた縁でしかありませんでしたが
この方の旅日記はもうそれ自体がもう少し手を入れれば出版物としてのストーリーになる。
そんな旅日記でした。
彼は・・・そう、彼はその語り口からみてプロの映像を撮る人だったと思います。
その彼が私的に過ごした日々を書いたのが「旅日記」だったということです。

ワクワクさせたり、寂しくさせたり。

彼の旅の中でその写真は私の中のその国への思いを募らせるものでした。
生きている限り、一度は訪れたい国。
その国を楽しむ彼の旅の日々は私が見たいその国での旅を切り取ったようでした。
疑似体験とでもいうのでしょうか。

その方が旅日記をどうされるのか、ご自分のブログを立ち上げて移されるのか?
私にはわかりません。そう、もう何年もの間ご本人のコメントは入れられていませんでした。

私はその旅日記が見られなくなる前にそれらを保存しました。
更新されることのないその旅日記を、これからは私がそのページを開いて記憶を呼び起こすのみでしょう。

私がここに記事を残す意味。

それは彼がまた新たなストーリーを紡ぐとき、もしその写真が目に留まるなら。
私もまたこっそり自分だけ開くページでなく、公の場所で新たな思いと出会うかもしれません。

その時まで、その日まで。私がじっと大事に持っています。
一枚だけ彼の撮った写真を断りなく掲載しておきます。いつか、気が付いてクレームを入れてくれる日が来ますように。

いつかの偶然を待たせるような・・・そんな素敵な旅日記だったのです。

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染井吉野は花魁のうつくしさ

春爛漫。

そんな言葉がまさにぴったりな季節ですね。白いモクレン、黄色い菜の花。

その中でもやはり桜は何にも代えがたい存在ですね。

今や「花見」といえば桜ですが、ずっと昔は「梅の花」を見るのが一般的だったようですね。
でもいつの間にか日本人の持つ「はかなさ」への憧憬が桜の美しさへひきつけられていったのでしょう。

DSC00209-1.jpg


かくいう私も川岸で桜の樹によりかかって、風に揺れる桜並木を見ながら花見酒をしていました。

ソメイヨシノは実を付けない。鳥に蜜を与えても、自らの生殖には寄与しない。
風に花びらを乗せてもなにもならない。

ソメイヨシノは江戸時代に日本人が美しさを求めて作り出した人工の花。
どこかの国が「うちが起源」と言っても、増えるのはただ接ぎ木によって人の手で増えるだけ。
日本中のすべてのソメイヨシノがクローンの桜。
だから、シンクロしたような美しさなのかも。

ソメイヨシノが種を継続させるには、人が植えて増やすしかない。
だから・・人間に愛してもらわなければ絶えてしまう。

そう考えるとソメイヨシノのひとひら、ひとひらの花びらが
「ね、わたし、綺麗でしょ。見て見て。きれいでしょ。」
と一生懸命に訴えかけてる気がして、哀しくなってきた。

人に健気に仕える、人によって創られた染井吉野。まるで花魁のような妖艶さを持つ花。

「きれいだよ、ほんとうに、きれいだよ。」

私は樹をそっとさすりながら、気が付くと無意識にも涙を流していた。

続・沖縄ディズニーリゾート計画

ちょうど6年前の本日。私は以下の記事をUPしました。

「沖縄ディズニーランド計画」

http://jeylinx.blog52.fc2.com/blog-entry-54.html

おぉ~。なんとなく現実味を帯びてきましたね!私の案はさらに経済特区扱いとしてましたケド。

宜野湾市の市長が政府にこの計画の後押しをお願いしたとか、これが来年の市長選への口だけパフォーマンスだとかなんとか、辺野古あたりの問題とからんでいろいろ言われてますが・・。

http://www.yomiuri.co.jp/politics/20151209-OYT1T50006.html

で、どうなの?イヤなの?うちなんちゅうの皆様。
いや、そんなことないでしょう~。ディズニーが来てくれたら、いいことだらけど思うのは私だけ?

さらに今回、私はもう少し先の計画も。

「那覇空港から宜野湾・本部まで鉄道を走らせましょう~。しかもそれは普通の鉄道じゃないですよ?”Disney Express"ですよ?」

飛行機もね~、飛んでるじゃないですか?だったら那覇空港駅のプラットホームから特急専用にしてしまえばいいじゃないですか。そしたらですよ?ディズニーファンだけじゃなくて、鉄道ファンも絶対きますよw いや、まつがいない!!

これは、前知事の仲井眞さんが「沖縄に鉄道を、南部と北部は基地があることもあって中部辺りでひどい交通渋滞になっている」という話を青山繁晴さん(知らない人はググってみてください)に伝え、青山さんが安倍さんに伝え、その調査費なるものも計上していた話からヒントを得ました。
また、仲井眞さんは「沖縄は今は日本のお荷物になっているかもしれないけど(たぶん財政的なことで自立していないという意味で)、沖縄はもっと日本に貢献できるはず、と言ったニュアンスのことを言われてました。私は実はこの言葉をとても感動して聴いたのを覚えています。沖縄のプライドとでも言うのでしょうか。だからこそ、沖縄には世界がうらやむような島になってほしい、と思っています。

基地とディズニー。

不釣り合いに見えるかも知れませんが、逆に基地の町が楽しい平和なテーマパークに隣接することにより、犯罪しにくい雰囲気づくりもできるんじゃないかと思うんです。ハッピーな気分な時に人は犯罪を起こそうとか思わないでしょ。
また、本当に中国が沖縄を武力で制圧しようとして攻撃したら、ここに世界のアイドルが居る国があれば世界全体から非難されますからね。

初めて(といっても一度しか行ったことないけど)沖縄に行ったとき、本部の海を見ながら「ここが日本で幸せだな。」と思ったものです。そして「また来たいな~。」と心から思いました。鉄道があればここまで来るのも車なしで容易に来れるでしょう。そして私の好きなグスクもゆっくり見て周れることでしょう。

ディズニー特急。

ぜひ"Dreams come true !" 沖縄のプライドのために!
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