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取り残された記事・想い。

旅日記終了。

名称未設定 2


今年に入ってから私が受け取ったメール。
ほとんど利用者がいなかったのか、あるいは収益とならなかったのか?
面倒だったのでブログに統一したかったのかも?

でもですね、これは私のとって大きな出来事でした。

ある人の旅日記が見れなくなるということですから。

何度かコメントのやりとりをさせていただいた縁でしかありませんでしたが
この方の旅日記はもうそれ自体がもう少し手を入れれば出版物としてのストーリーになる。
そんな旅日記でした。
彼は・・・そう、彼はその語り口からみてプロの映像を撮る人だったと思います。
その彼が私的に過ごした日々を書いたのが「旅日記」だったということです。

ワクワクさせたり、寂しくさせたり。

彼の旅の中でその写真は私の中のその国への思いを募らせるものでした。
生きている限り、一度は訪れたい国。
その国を楽しむ彼の旅の日々は私が見たいその国での旅を切り取ったようでした。
疑似体験とでもいうのでしょうか。

その方が旅日記をどうされるのか、ご自分のブログを立ち上げて移されるのか?
私にはわかりません。そう、もう何年もの間ご本人のコメントは入れられていませんでした。

私はその旅日記が見られなくなる前にそれらを保存しました。
更新されることのないその旅日記を、これからは私がそのページを開いて記憶を呼び起こすのみでしょう。

私がここに記事を残す意味。

それは彼がまた新たなストーリーを紡ぐとき、もしその写真が目に留まるなら。
私もまたこっそり自分だけ開くページでなく、公の場所で新たな思いと出会うかもしれません。

その時まで、その日まで。私がじっと大事に持っています。
一枚だけ彼の撮った写真を断りなく掲載しておきます。いつか、気が付いてクレームを入れてくれる日が来ますように。

いつかの偶然を待たせるような・・・そんな素敵な旅日記だったのです。

2920480.jpg

染井吉野は花魁のうつくしさ

春爛漫。

そんな言葉がまさにぴったりな季節ですね。白いモクレン、黄色い菜の花。

その中でもやはり桜は何にも代えがたい存在ですね。

今や「花見」といえば桜ですが、ずっと昔は「梅の花」を見るのが一般的だったようですね。
でもいつの間にか日本人の持つ「はかなさ」への憧憬が桜の美しさへひきつけられていったのでしょう。

DSC00209-1.jpg


かくいう私も川岸で桜の樹によりかかって、風に揺れる桜並木を見ながら花見酒をしていました。

ソメイヨシノは実を付けない。鳥に蜜を与えても、自らの生殖には寄与しない。
風に花びらを乗せてもなにもならない。

ソメイヨシノは江戸時代に日本人が美しさを求めて作り出した人工の花。
どこかの国が「うちが起源」と言っても、増えるのはただ接ぎ木によって人の手で増えるだけ。
日本中のすべてのソメイヨシノがクローンの桜。
だから、シンクロしたような美しさなのかも。

ソメイヨシノが種を継続させるには、人が植えて増やすしかない。
だから・・人間に愛してもらわなければ絶えてしまう。

そう考えるとソメイヨシノのひとひら、ひとひらの花びらが
「ね、わたし、綺麗でしょ。見て見て。きれいでしょ。」
と一生懸命に訴えかけてる気がして、哀しくなってきた。

人に健気に仕える、人によって創られた染井吉野。まるで花魁のような妖艶さを持つ花。

「きれいだよ、ほんとうに、きれいだよ。」

私は樹をそっとさすりながら、気が付くと無意識にも涙を流していた。

続・沖縄ディズニーリゾート計画

ちょうど6年前の本日。私は以下の記事をUPしました。

「沖縄ディズニーランド計画」

http://jeylinx.blog52.fc2.com/blog-entry-54.html

おぉ~。なんとなく現実味を帯びてきましたね!私の案はさらに経済特区扱いとしてましたケド。

宜野湾市の市長が政府にこの計画の後押しをお願いしたとか、これが来年の市長選への口だけパフォーマンスだとかなんとか、辺野古あたりの問題とからんでいろいろ言われてますが・・。

http://www.yomiuri.co.jp/politics/20151209-OYT1T50006.html

で、どうなの?イヤなの?うちなんちゅうの皆様。
いや、そんなことないでしょう~。ディズニーが来てくれたら、いいことだらけど思うのは私だけ?

さらに今回、私はもう少し先の計画も。

「那覇空港から宜野湾・本部まで鉄道を走らせましょう~。しかもそれは普通の鉄道じゃないですよ?”Disney Express"ですよ?」

飛行機もね~、飛んでるじゃないですか?だったら那覇空港駅のプラットホームから特急専用にしてしまえばいいじゃないですか。そしたらですよ?ディズニーファンだけじゃなくて、鉄道ファンも絶対きますよw いや、まつがいない!!

これは、前知事の仲井眞さんが「沖縄に鉄道を、南部と北部は基地があることもあって中部辺りでひどい交通渋滞になっている」という話を青山繁晴さん(知らない人はググってみてください)に伝え、青山さんが安倍さんに伝え、その調査費なるものも計上していた話からヒントを得ました。
また、仲井眞さんは「沖縄は今は日本のお荷物になっているかもしれないけど(たぶん財政的なことで自立していないという意味で)、沖縄はもっと日本に貢献できるはず、と言ったニュアンスのことを言われてました。私は実はこの言葉をとても感動して聴いたのを覚えています。沖縄のプライドとでも言うのでしょうか。だからこそ、沖縄には世界がうらやむような島になってほしい、と思っています。

基地とディズニー。

不釣り合いに見えるかも知れませんが、逆に基地の町が楽しい平和なテーマパークに隣接することにより、犯罪しにくい雰囲気づくりもできるんじゃないかと思うんです。ハッピーな気分な時に人は犯罪を起こそうとか思わないでしょ。
また、本当に中国が沖縄を武力で制圧しようとして攻撃したら、ここに世界のアイドルが居る国があれば世界全体から非難されますからね。

初めて(といっても一度しか行ったことないけど)沖縄に行ったとき、本部の海を見ながら「ここが日本で幸せだな。」と思ったものです。そして「また来たいな~。」と心から思いました。鉄道があればここまで来るのも車なしで容易に来れるでしょう。そして私の好きなグスクもゆっくり見て周れることでしょう。

ディズニー特急。

ぜひ"Dreams come true !" 沖縄のプライドのために!

【触受】わたしを離さないで -NEVER LET ME GO-

新聞記事で見かけた言葉が気になって或る本を読んでみたくなった。
「英国でカズオイシグロは村上春樹よりノーベル文学賞に近い作家である。」

村上春樹には全く関心がなく、1Q84を読むまで一度も触れたことさえなかった。1Q84を読んで「嫌い」になった。彼の中ではこれはオウム事件に対する一つの答えだと言ってたが、上から目線で児童ポルノまがいの内容に辟易としたというところ。

春樹の悪口はそのくらいにしておこうか。

カズオイシグロ、とても興味深い人だと思った。5歳まで長崎で育ちその後家族と渡英、ヒッピーなどもやってようやく日本という彼の記憶の中の祖国にやってきたらしい。
作品の多くが非常に好評価を受けているらしいが、とりあえず私はこの新聞記事にある「わたしを離さないで」を読んでみた。ここから先はネタバレするのでそれでよろしければ拙文を読み進めていただきたいと思う。

実は私はこれを読んでさらに先日映画もDVDで観た。映画の方が内容が分かりやすいかも知れない。そして、登場人物となる俳優の美しさにまた涙を誘われるかも知れない。
いずれにしろこれを評して我が娘は「救いのない世界」と言った。そう感じた方も多いと思う。

映画ではいきなりこれからの結末を暗示させる言葉が出てくる「人間は技術革新によって100歳を超えて生きるようになった。」。技術革新とは何か?それはこの物語の主人公たちの存在である。この主人公たちはクローンで作り出されたモノであって、人間ではないと認知されている。家畜がいつか大人になって狩られるように、このクローンたちも大人になったら「ポシブル」と言われるクローンの主たちに臓器を一つずつ摘出され、あるものは初めの「提供」で「コンプリート」し、あるものは3回の提供にも生き抜くと家畜同様食べられない箇所を捨てるかのごとくそのまま放置され苦しみの中で「完了」するというなんとも惨い世界なのだった。

その中で「彼らも生物なのです。」と言う人権活動家のような人たちが作ったのが「ヘールシャム」というクローンの学校で、クローンたちは通常は粗末な扱いしか受けないけれどこの高級保護施設であるヘールシャムだけはまるで人間たちのようにきちんと扱いを受ける。ここにいる3人の子供たちがこの物語の主役なのだけれど、語り部となるのはキャシー・Hという女の子。映画で彼女はこの2人の友人を看取ってから最後に自分も提供者となる。

ヘールシャム出身の彼らは普通の子供たちのように子供期、少年期、青年期を過ごす。決められているのはヘールシャムを出てはいけないこと、心と体を健康に保つこと。
彼らは自分の運命なんて知らない。外の世界がどうなっているか、「保護官」と呼ばれる人の教えによって世の中の事を知っていく。いつか保護官の一人が「あなたたちの運命は決まっているのです。」と言ってしまう。でも、彼らが本当に運命を自覚するのはその一瞬のことでなく、徐々に、時間をかけて、あらゆることの記憶のピースがいつかあるべきところに収まることによって「あぁ私は生きているけれど自分のオリジナルに臓器を提供して一生を終るんだ。しかも近い未来に。」と知るのだと、これはイシグロも「記憶」の仕組みをそのように理解していたようだったし、私もそれに同感する。
たとえば「私はあなたのおかあさんじゃないのよ。」と言われても何がなんだかわからないが、その前兆となる不可解な現象の欠片が心や脳の一部に残ってそれがつぎあわさって「あぁ、そういうことだったんだ。」と理解するに至るのだと思う。

この物語には理由が明らかにされないことがいくつかある。
それを私はずっと考えていて、そして最後に「もしかしてカズオイシグロはこのことを言いたかったかもしれない。」という自分なりの解を得た。

彼らの青春を通じて、人は決められた命の長さをどう生きればいいのか、考えさせられる。彼らは家畜のごとく扱いを受けるかわいそうなひとたちだ。そう締めくくれば救いがない。

不可解な事の一つに「私達のポシブルは麻薬中毒者か売春婦か、犯罪者も居るかもしれない。ろくでもない吹き溜まりの人間。」と出てくる箇所がある。普通に考えればクローンの彼らを養い、無事に臓器を育てるまでのことがそのような社会の底辺の人間ができるのだろうか?と考える。クローンの彼ら自身が「せめて自分のポシブルが素敵なオフィスで働く人であったらいいのに。(そうすれば自分の中のプライドも保たれるのに。)」と思う場面が出てくる。まさに救いといえばそれだけが臓器提供のために活かされているかれらの存在意義だ。
しかし彼らの創造主は違う。
なぜイシグロはそのような無理な設定にしたのか。

話を主人公の3人に戻してみる。語り部のキャシー・H、その友達のルース、そして癇癪持ちの男の子のトミー。
トミーは癇癪持ちということもあっていじめられっ子だった。彼はクラスのワンノブゼムであり、特にキャシーやルースと仲が良いということではなかった。でも、キャシーの中の何かがトミーに興味を持たせ、トミーを変え、キャシーと仲良くなっていく。ルースはそれを見てきっとイライラが止まらなかったのだと思う。本当はそんなに好きでもない子でも自分のものにしたい、友達より優位に立ちたい。自分の中の劣等感を押しやりたい。

思春期にはありがちな事であり、それが永く続かないというのも分かっていたことだけれども、ルースはキャシーと居る間はずっとトミーとの関係を見せびらかすようにしていた。そしてキャシーが二人から去った後、存在意義を失くした二人の関係は消滅した。
普通の人間世界ならそれもありだった。でも、彼らに残された時間はあまりに少なかった。キャシーと再会したルースは「ごめんね」という。「本当は二人が愛し合っていたというのはわかってた、それをつぶしたのは自分だ。置いて行かれたくなかった。」と。そしてせめてもの償いに二人の生を少しでも伸ばしてほしい、自分はその方法を手に入れたと。

結局その願いは叶えられなかった。彼らの、愛する人と少しでも長く生きたい、その時間を取り戻したいという願いは虚しく消えた。
それでも、それでも、と思う。短い時間だったけれど二人は本当に愛し合っていることを確認し、最後にキャシーは映画の中ではトミーの最後を看取った。トミーは「わかってるよ。」と言いたげに手術台で微笑んでから眼を閉じた。

こうして彼らの臓器を得て生き長らえる人々。でもね、彼らは「麻薬中毒者」であり「売春婦」でありつづけなければならない。通常の人の寿命を超えた長い間。その「技術革新によって得た寿命」の間、あなた方は幸せなんでしょうか。私が得た解はまさにそのようなことでした。比べてみれば、たとえ命の長さが決まっていたとしても誰かを愛し、お互いの存在を大切に思い、助け合って生きた人生がある方が命としては正しい幸せの形だと思いました。

原作の中でキャシーは「私の記憶の中にヘールシャムがある、それはトミーとルースと同じだ。」といったことをいう箇所があります。心に刻まれた記憶。誰にも奪われない宝物。生の終わるその最後の瞬間までキャシーはその宝物のことを思いながら「完了」するのでしょう。

最後に。
私もこの物語の世界は「救いがない」と思います。それは生きている意味と時間の大切さを知らない世界がはびこっていると感じたからです。

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日の出温泉

「人生で必要なことはすべて砂場で学んだ」と言った人がいたが、私自身に置き換えてみると「人生で必要な大部分は風呂場で学んだ」とさえ思う。

先週の日曜日、ずっと気になっていた「日の出温泉」に行った。道中の話も長いが、それは横に置いといて、とにかく「日の出温泉」。

温泉なのだが、ただ、銭湯が「温泉」を使っている、という、いかにも庶民的な近所の憩いの場なのだ。入ると下足場があり、またがらりと戸をあける。すぐ横に懐かしい「番台」があった。男湯と女湯の間仕切りのように、女性が鎮座していた。
脱衣場にはロッカーや脱衣籠があって、サッシのドアを通して向こうに多くの人が湯につかったりしているのが見える。午後4時、風呂屋がオープンして1時間、きっとみんな開くのを待って来たのであろう。

洗い場にはケロヨンの黄色い洗い桶が置いてある。そして、今となっては本当に珍しいことに蛇口が「混合栓(湯と水が混じって一定の温度で出てくるタイプ)」でなく、それぞれが「独立」して、「湯は熱湯」「水は冷水」が出てきて、自分で桶の中で調整するタイプだった。な、懐かしい!!昔はこんな洗い場であった。小学校にあがる前までは家に風呂がなく(?たぶん)風呂屋に連れて行かれていた。男湯と女湯の間に行き来できるドアがあり、その下からせっけんなどを受け取ったりしていたものだ。さすがにそんなドアはなかったが、天井は昔の銭湯なみに低く、そして間仕切りも低い。男湯の声も女湯の声も「あがるよ~」といえばすぐに聞こえるくらいの、心温まる空間。

早速桶に湯を汲む、む、難しい。「加減が大事」というが、何事も本当に加減って難しい。うまくなるには何度も試して、覚えるしかない。少し熱い湯に懐かしさを感じたりして、ノスタルジーに浸る。

身体を流して湯につかる。みんな入ったところで気を使いながら足を伸ばしたりしている。沢山の張り紙には「身体を洗ってから入ってください」と日本語とハングルで書いてある。港が近いので、そういう方々も寒い時期には入って温まるのだろう。中には「湯船の中で体操をしないでください、迷惑な方を見かけたら番台までお知らせください。」とか「長い髪の人はたばねて入ってください。」などと事細かくルールが書いてある。昔は書かなくても守られていたルールはこうやって周知してようやく保たれている。厳しいようだが、そのおかげかここには走る子供もバシャバシャと音をたてて入る人もいない。

ゆったり浸かって身体もほぐれてきたので身体を洗う。今はやりの立ち寄り湯には隣との仕切りがあったりするものだが、当然ここにはそのようなものはない。
隣でご老婦が身体をあがっていた。私も洗っていたのだが、私はついつい沢山ボディシャンプーを使ってしまい、泡が飛び散ってしまったが、他の方はそのように無駄に泡だてたりしておらず、何事も隣にご迷惑がかからないように気を使っていたのを見て、まだまだ配慮が足りないと自省したものだった。

ご婦人はちらと私の方を見ながら洗髪をしている。その向こうで他の人の体を流している人が視界に入る。「髪を流しましょうか。」と言いたい気分であったが、いかんせん、自分も洗髪中であるので、声をかけるタイミングさえ見だせなかった。ここには互助があった。私はまだまだ若造の方で、本当であれば積極的に背中など流してあげるべきなんだろうな、と思いながらも、そんな機会をつくれなかった。

いい気分で風呂からあがり、湯あがりに頭を乾かそうと前の人がドライヤーを掛け終わるのを待っていると「お待たせしてごめんなさい」と、すぐに代わってくれた。私も「これは早く乾かさねば」と7割くらい乾いたところで次の人が待っていたのですぐに代わったら「すみません、ありがとう。」と言葉をかけてくれた。”自分の権利”のように髪を乾かすのでなく、お互いを気遣いながら同じ空間に居ることが心地よかった。きっと昔はこんな「見えない言葉」で会話をしながら、助け合って生活したのだったのだな、と自分の小さなころのことを思い出していた。

「人生で必要なことは風呂場で学んだ」

そう言うことのできる、こういう場所が残っていることがうれしいと感じた日だった。
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